
五十嵐氏の作品のなかでは、私は一番好きです。・・・言ってしまえば、他の作品はちょっと好みではない。と、ホラ、こんな『五十嵐クラブ』に属していないヒトにでも大丈夫なマンガなのでありました!
あと、言っておきたいことは、初めに載ってるカラー絵が本当に素晴らしくて、グミの実ジャムなんか、もうはっきりいって絵本の世界。なんてリアルで美味しそうなの!!
もし、この作品集ぜーんぶカラーだったら、どうなってしまうのだろう、読者はみんなハナヂを垂らしながら卒倒するね、間違いない!!と膝を打った。
【1】とあるから、今度の【2】は、できたら、オールカラーにして欲しいな・・・。おねがい・・・・・・・・。
いいマンガだ
東北の本屋で何気なく手に取ったマンガでした。
車に乗って町暮らししているとちょっとした手間が非常に面倒に感じられますが,東北地方の村落に住むこのマンガの主人公は淡々と喜びを持ってめんどくさいことに取り組んでいました。
大げさに田舎暮らしやスローフードを語るのではなく,肌に合った暮らしっぷりを余すところなく描写するのみです。
そして,なにより語る絵に耽溺できます。
胡桃を拾い集めることはできないけれど,作中のくるみごはんを作ってみたくなってしまいました。
佳品!
スローライフとはちょっと違うかも
東北の山村で生まれ育った少女が、再び村に帰って生活する話。
米も野菜も、時には調味料まで自分でつくり、山の恵みを受け、必要に応じて保存する。
その季節にあるものを食べ、厳しい冬にそなえる。
作れないものは基本的に必要としない。
肉が必要なら鳥も絞めるし、一人で出来ないことは村の人々と協力しあう。
家屋や道具も昔ながらのものばかりで、何もかもが手作りと労働によるその生活は、少女の一人暮らしにはやや厳しい感があり、スローライフというより一昔前の生活といった印象だ。
絵は汚くないが、顔の描き方に特徴があり、最初はちょっと慣れないかもしれない。
しかしながら、食べ物の描写や、主人公の表情はいかにもおいしそうに描かれていて、実際にスローライフを営む作者の生活の喜びがよく伝わってくる。
1〜2巻を読んで、特に好きだったのは合鴨と米サワーの話。
・・・いい具合に沸きすぎた米サワーって、酒じゃないんですか(笑)
良い本です
最近はスローライフとかいうコトバをよく聞くね。
フェアトレードの商品買って、ヨガやってアロマやってスピリチュアルなあたしらロハスピープル〜みたいなの。うわ、カタカナのほうが多い文になっちゃった。
いや、それも悪くはないと思うよ。でも、ぼくにはどうにもそういうのが上っ面だけの軽薄なコトバに聞こえてね…。根っこもなければ覚悟もない、ただのお手軽ファッション小物の一つ・・・というか。
「ソトコト」もいいけど、できたら今度それの最新号と一緒にこの本もレジに持っていってみてよ。たぶんこの不快極まりない文章の意味が判るから。
歳をとったら、子供に還ろう。今は無理だけど。
何を描いても面白い、という漫画家。。。諸星大二郎と五十嵐大介。最新作の「リトル・フォレスト」シリーズはそんじょそこらのスローライフものを遥か彼方に置き去りにする。何せ産まれて最初の18年を過疎化の止まらない田舎で生きて、その後、都会に出てきてからというもの(あまりの食事のマズさと高さに)1年365日のうち350日は自炊をしている僕でも、「リトル・フォレスト」の生活は無理です。登場人物の優しい表情に読者も顔を緩めながら、憧れながら、しかしやっぱり「地元民」は違うなー。。。と思わざるを得ません。それでもやっぱり「同じ追われるならこういう日々に追われたい」「こんな美味そうなものを作って食らいたい」と再び三度と手にとることになります。あまりにも現実的だからこそ「夢のバイブル」になってしまったようです。歳をとったら、子供に還る気持ちでこういう生活をしてみたいという「夢」の本。あ、あと大島弓子(笑)
田舎暮らしは大変そうだというリアルを感じさせる漫画
田舎に憧れる作品といえば、思い出すのが「おもいでぽろぽろ」
あれも実際に現実と直面した時、農家の者になる大変さみたいなのをうっすら
表現していましたが、
これはそのリアルな問題や現実の厳しさ、周囲との関係
「村」ってどういうものなのかを結構辛辣に書いていると思いました。
とはいえ、読んでぐったりするわけではなく
美味しそうな野菜たち、つみたてのトマトをかじる感覚、それが普通の暮らし
素材がいいものを使って元の調味料から作った料理たち
手間ひまかけるという事の素晴らしさと大変さを知る事ができます。
で、この登場人物たちはそれを普通にやってるのがいいなと思いました。
リトル・フォレスト (1) (ワイドKCアフタヌーン (551))
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